EmailOctopusとは

EmailOctopusは、ロンドンのThree Hearts Digital Ltdが運営するメールマーケティングサービス。

2014年にAmazon SESを配信エンジンとして借りる形で始まり、2019年9月に自前の配信基盤へ移行した。

外部資金を入れずに10万人以上が使う規模まで育てている。出典

ストーリー

創業から成功に至るまでの道のり。

EmailOctopusは、2014年にイギリスのThree Hearts Digital Ltdとして始まったメールマーケティングサービスだ。

共同創業者のJonathan Bullは、当時Amazon SESを使った一括配信の面倒さを自分で解くためにこの仕組みを作り、それが他の開発者にも売れると判断したと、会社のブログで説明している。出典

Amazon SESの上に載った最初の設計

最初のプロダクトは、Amazon SESを配信エンジンとして借りる薄い管理画面だった。

テンプレートを作り、リストを管理し、SESに投げる。

当時のSESは月62,000通まで無料で、以降も1,000通あたり0.10ドルという安さだったため、価格は既存のメール配信サービスより桁で安くできた。出典

この設計は当たった。

2016年8月の時点で前月比40%前後の成長を続け、週4,000万通以上を処理していたと会社は記録している。

2017年4月には累計10億通に到達した。出典

9割が1通も送らなかった

問題は、安さの源泉がそのまま導入の壁になっていたことだ。

利用者はメールを送る前にAWSアカウントを作り、SESの送信制限解除を申請し、認証設定を済ませる必要があった。

会社が公開した振り返りによれば、登録した利用者の90%が1通もメールを送らずに離脱し、その大半はSESとの接続まで到達していない。出典

離脱者への調査では、86%が「Amazonの手続きが不要なら使いたい」と答えた。

価格ではなく手間が原因だと数字で分かった時点で、プロダクトの前提を作り直すしかなくなった。出典

2019年9月、配信基盤を自分で持つ

会社が選んだのは、SESの上に載るのをやめることだった。

2019年9月にEmailOctopusは自前の配信基盤を持つESPへ移行し、SES前提だった機能は別プロダクト「EmailOctopus Connect」として切り出した。出典

移行後は、登録からテスト送信まで2分で終わる。

AWSの設定を知らない利用者でも使い始められるようになり、2020年6月には累計100億通へ到達した。出典

現在も2つの製品は併存している。

通常プランは自前の配信基盤を使い、Connectは利用者自身のSESアカウント経由で送る。

Connectの無料枠は2,500人まで、配信通数は無制限。

SESの単価をそのまま享受したい開発者向けの選択肢として残している。出典

投資家を入れずに11年

会社は2014年から一貫してbootstrappedで、外部資金の調達は公表していない。

無料プランを続ける理由について、COOのTom Evansは「独立していて黒字だから、長い目で見た投資ができる」と公開書簡に書いている。出典

この立場は、競合の値上げ局面で明確な差になった。

2026年にBeehiivが既存顧客の料金を引き上げた際、EmailOctopusは自社ブログで、Beehiivが2021年以降に約4,970万ドルを調達し、2024年4月に3,300万ドルのシリーズBを実施した事実を並べ、VCの成長圧力と価格の関係を説明した。出典

独自分析

PMF (プロダクトマーケットフィット)

EmailOctopusが刺さるのは、メール配信の腕はあるが、配信基盤そのものにお金と時間をかけたくない小規模事業者だ。

創業者自身がAmazon SESの手間を解くために作り、価格は既存サービスより桁で安かった。出典

ただし当初のPMFは「技術者向けの安い配信ツール」に限られていた。

登録者の90%が1通も送らずに離脱した事実が、その限界を数字で示している。出典

2019年の自前配信基盤への移行で、対象が非技術者の小規模事業者へ広がった。

現在は10万人以上が利用している。出典

参入障壁 (Moat)

参入障壁は配信基盤そのものではなく、原価と価格の設計、そして11年分の配信運用の蓄積にある。

SESの従量単価を前提にした料金体系は、VC資金で機能を積む競合より安く維持しやすい。出典

加えて、MailchimpやMailerLiteとの比較ページを自社で大量に持ち、検索経由で「乗り換え」需要を直接拾う導線がある。出典

ただし機能面の模倣は容易で、障壁は中程度にとどまる。出典

ネットワーク効果

ネットワーク効果は弱い。

利用者が増えても、他の利用者の配信結果は直接良くならない。出典

間接的な効果はある。

1,000以上の外部連携とAPIを通じて、他のツールのワークフローに組み込まれるほど置き換えが面倒になる。出典

無料プランの利用者がブログや口コミで広げる経路も、会社自身が成長装置として想定している。出典

ターゲット

主な利用者は、個人ブログやニュースレターの発行元、小規模EC、非営利団体、スポーツクラブ、映画祭、自治体など、大量配信を必要としないが継続的にリストへ送る組織だ。出典

料金は購読者数と配信通数で決まり、Proはリストサイズの10倍まで月に送れる。

大規模リストや毎日の全量配信には向かず、その用途は他社を勧めている。出典

成功要因

第一に、原価構造を先に決めたこと。

Amazon SESの従量課金を前提に価格を組み、同種のサービスより大幅に安い水準を作った。出典

第二に、離脱の原因を数字で特定して前提を捨てたこと。

90%が未送信、86%がSES手続き不要なら使うと回答した調査結果をもとに、2019年に自前配信基盤へ移行した。出典

第三に、無料プランを成長装置として維持したこと。

2,500人まで無料という枠を11年続け、黒字と独立性を根拠に説明している。出典

失敗・課題

収益・成長率・調達額が非公開で、外部から事業規模を検証できない。

料金表と公表された利用者数から推測するしかない。出典

機能の絞り込みは、そのまま取りこぼしになる。

有料会員制、広告ネットワーク、ポッドキャスト配信、コミュニティ機能は持たず、会社自身が「それらが収益の中心なら他社が向く」と書いている。出典

配信基盤を自前で持つ判断は、SESの価格優位を手放すことを意味する。

大規模リストでは送信コストと到達率の運用が重荷になりやすい。出典

グロース戦略

初期は価格の分かりやすさが獲得装置だった。

Amazon SESの単価をそのまま使い、同スペックで桁違いに安いことを訴求した。出典

現在の中心は検索と比較コンテンツだ。

Mailchimp、MailerLite、Kit、Brevoなど競合名の比較ページを自社で用意し、節約額を試算させる計算ツールへ流している。出典

無料プランは、いずれ課金する利用者を長く保持するための投資として設計されている。

会社は黒字を根拠に、この構造を続けると説明している。出典

主要チャネル: seo_blog, comparison_pages, free_plan, affiliate_program, newsletter

学べること

安さで獲った顧客は、手間で失う。

EmailOctopusは価格で選ばれながら、導入時のAWS設定という手間で9割を落とした。出典

離脱の理由を調査で数値化したことが、製品の作り直しにつながった。

感覚ではなく90%と86%という数字が判断を動かしている。出典

外部資金を入れない選択は、価格を守るための経営判断でもある。

調達した競合が値上げに動く局面で、無料プランの維持が差別化として効いた。出典

日本で展開するなら

日本語UIと日本語サポートがあれば、個人ブログや小規模ECの運営者には届きやすい。

料金が購読者数の段階制で、為替の影響を受けにくい構造になっている。出典

一方で、日本の小規模事業者はMailchimpや国内ASPからの乗り換えに慎重で、比較ページの日本語化と請求書払いへの対応が導入の前提になりそうだ。出典

主な競合

Timeline

創業から成功に至る道のり。転機ごとの収益・調達・バリュエーション (出典あり) も併記します。

  1. ローンチ出典

  2. Three Hearts Digital Ltdとして創業。Amazon SESの上で動く低コストのメール配信ツールとして出発出典

  3. 前月比40%程度の成長を続け、週4,000万通超の配信を処理出典

  4. 累計配信数が10億通に到達出典

  5. Amazon SESへの依存を外し、自前の配信基盤を持つESPへ移行。SES前提の機能は別プロダクトEmailOctopus Connectとして分離出典

  6. 累計配信数が100億通に到達出典

  7. 無料プランを縮小しない方針をCOOのTom Evansが公開書簡として表明出典

  8. 無料プランと従量プランで10万人以上が利用出典

    • ユーザー 100,000

ポジショニング

分析で挙げた競合プロダクトとの相対位置を示しています。

機能の広さよりも価格と配信の素直さで選ばれる位置。セルフサーブ中心で、エンタープライズ機能は持たない(意見)。

参考リンク

関連プロダクト